未完成の輪郭
コンクリート打ちっぱなしの部屋は、まだ冷房が効き始めたばかりで、どこか生ぬるい空気が澱んでいた。芸能事務所のスカウトだという彼に連れられてきた、初めての撮影スタジオ。街中で「原石を見つけた」と声をかけられたときは半信半疑だったけれど, いざレンズを向けられると、自分の細い手足がひどく頼りなく思えた。オーバーサイズのTシャツの隙間から、冷たい風が滑り込んで肌を粟立たせる。
「緊張しなくていいよ。その素材の良さをそのまま切り取りたいだけだから」
カメラを構えたまま、彼は低く落ち着いた声で言った。ファインダー越しに突き刺さる彼の視線が、私の硬い輪郭を少しずつ削り落としていくような気がした。シャッターが切れるたび、部屋の静寂に機械音が鋭く響き、私の鼓動と奇妙にシンクロしていく。
重なる色彩
テストシュートが進むにつれ、ファインダーから目を離した彼が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。衣服が擦れるわずかな音が、私たちの距離が縮まったことを教えてくれる。彼は私のすぐ目の前で立ち止まり、少しだけ首を傾げた。
「少し髪、触るね」
彼の指先が、私の前髪にそっと触れた。その指から伝わる微かな体温と、ほんのりと香るビターなコーヒーの匂いに、私の思考が一瞬だけ停止する。見上げる私と、見下ろす彼の視線が、言葉にできない秒針を刻みながら絡み合った。部屋の隅にある遮光カーテンが揺れ、外の光が遮断される。私たちの境界線が、その一瞬の間でじんわりと溶け出していくのが分かった。吐き出す息が、さっきよりも確実に熱を帯びていた。剥き出しの引力
この四角い部屋は、外の世界から完全に切り離された密室へと変貌していた。彼の瞳の奥にある、表現者としての純粋で容赦のない熱量。それに曝されるうち、私の中にあった戸惑いは、強烈な「見出されたい」という衝動へと変わっていく。
「君のそのスレンダーなライン、本当に綺麗だ。自信を持って」
彼の声が、私の背中をぞくぞくと駆け上がる。もっと深く彼に切り取られたい、彼のレンズの奥を独占したい。お互いの存在が、磁石のように強く引き付け合っている。彼の手が私の肩に触れようとした瞬間、空気が爆発しそうなほどの緊張感で満たされた。私はただ、次の合図を待つように、潤んだ瞳で彼をじっと見つめ返していた。


