まだ、お祝いの余韻が覚めないままで
「……本当に、私でいいの? 今日、ドレス着てるだけだよ」
私はサブバッグを抱え直しながら、少し気恥ずかしそうに呟いた。親友の結婚式からの帰り道、華やかなチャペルや誓いのキス、みんなの幸せそうな笑顔にひどく当てられてしまっていた。胸の奥が妙にそわそわして、まっすぐ家に帰る気になれずに駅前を歩いていたとき、彼に声をかけられたのだ。いつもなら無視するはずのナンパなのに、今日の私はどこか寂しくて、誰かの体温を求めていた。彼は私のドレス姿を眩しそうに見つめ、それから優しく笑った。
「ドレスが綺麗なのはもちろんだけど、君自身がすごく魅力的だから声をかけたんだ」
彼のストレートな言葉に、耳の奥がじわりと熱くなる。私たちはまだお互いの名前も、何をしている人かも知らない。それなのに、街の喧騒の中でふと視線が合うたび、言葉にできない二人の間の空気がゆらゆらと揺れるのが分かった。見つめ合う時間がいつもより長く感じられ、私は自分の胸の鼓動が高鳴るのを隠せなかった。
夜の帳、溶け出す境界線
気づけば、私たちは大通りから一本入った静かな路地を歩いていた。目の前にそびえ立つホテルは、きらびやかなネオンを放ちながら、私たちの後ろめたい衝動をすべて包み込んでくれるように静かに佇んでいる。
「……少し、休んでいこうか」
彼の低い声が、夜の空気に溶けて耳元に届く。私は何も言わず、ただ小さく頷いて、彼の差し出した手を受け入れた。その指先から伝わる圧倒的な肌の熱が、私の迷いをゆっくりと溶かしていく。客室の重いドアが閉まった瞬間、世界は二人だけのものになった。
間接照明の柔らかな光が、広く真っ白なベッドを静かに浮かび上がらせている。彼はジャケットを脱ぎ、ベッドの端に腰掛けた。私はその少し手前で立ち止まり、パーティードレスの裾をそっと整える。衣服が擦れるわずかな音が、静寂の中にやけに鮮烈に響いた。「結婚式、素敵だったんだね」
彼が私の表情を見て、優しく問いかける。私は彼の前にゆっくりと歩み寄り、その場に膝をついた。床の質感を肌で感じながら、彼を見上げる。
「うん、すごく幸せそうだった。だから、私もなんだか、誰かに強く抱きしめられたくなっちゃって」
素直な本音をこぼすと、彼の喉仏が緊張で大きく上下に動いた。彼の手が私の頬にそっと触れる。その指先から伝わる熱が、私の身体の芯をじわじわと熱くしていった。熱い吐息が支配する、二人だけの領域
ここからは、お互いの呼吸だけが世界のすべてを決定付ける時間だった。
言葉なんて、もう意味を持たない。見上げる私の視線と、彼の下ろされた視線が、逃げ場のない至近距離で火花を散らすように絡み合っている。結婚式で受けた純粋な憧れと、目の前の彼に対する強烈な衝動が、私の中で一つに混ざり合っていく。「っ……、そんな顔されたら、もう帰さないよ」
彼は私の腰を強く引き寄せ、深く息を吐き出した。私のドレスのファスナーがゆっくりと下ろされ、肌に触れる冷たい空気と、彼の熱い吐息が交互に私を襲う。衣服が擦れる音、彼が息を呑む音、それだけがこの静かな部屋を支配する音楽だった。私のひたむきで大胆な眼差しが彼の理性を完全に狂わせていくのが、彼がシーツを強く握りしめる手の震えから伝わってきた。お互いの存在に強烈に惹きつけられ、世界のすべてがこのホテルの一室だけで完結していくような錯覚。私のわずかな指先の変化、その瞳の揺らぎ一つひとつに、彼の感情が激しく翻弄されていく。彼はもう、私という存在から目を逸らすことなんてできない。感情が極限まで高まり、すべてを委ねきった彼の熱い表情を、私は確信に満ちた悦びとともに、その瞳の奥深くで見つめ続けていた。


