沈黙と冷たい麦茶
「20代最後の日って、もっと劇的に変わると思ってた」
冷え切った麦茶のグラスを両手で包みながら、私は小さく息を吐いた。
明日は30歳の誕生日。
そんな人生の節目に、私はなぜか、学生時代からの男友達である彼と二人でいた。
ここは彼が趣味のカメラ機材を置くためだけに借りている、畳の古びた部屋。
冷房の効きが悪く、古い扇風機が首を振りながら、生ぬるい空気をかき混ぜている。
人妻という肩書きが、この狭い四畳半の空間ではひどく不釣り合いに思えて、私はわざとカジュアルなTシャツの裾を引っ張った。
彼は床に座ったまま、レンズを磨く手を止めて私を見上げた。
「莉子が変わったんじゃなくて、周りが変わっただけでしょ」
彼のぶっきらぼうな言い方に、一瞬だけ視線が交差する。
その数秒の間、部屋の空気が張り詰めたように重くなった。
お互いの距離は、手を伸ばせば触れられるほど近い。
加速する衣擦れと体温
窓の外から、遠いお祭りの太鼓の音が響いてくる。
夜が更けるにつれて、部屋の中の湿度と熱気がじわじわと上昇していくのが分かった。
彼が機材を片付け、私のすぐ隣に腰を下ろした。
カサリ、と彼の麻のシャツが、私の剥き出しの膝に擦れる。
そのかすかな音が、耳の奥で爆音のように響いて、私の心臓を激しく揺らした。
私は動揺を隠すように、床の青さを失った井草の網目を見つめた。
畳の古びた部屋の床は、至る所が擦り切れ、踏みしめるたびに小さく沈み込む。
それは、平穏な結婚生活に満足しているはずの私の、内面の脆い部分と完全にシンクロしていた。
「ねえ、莉子」
低くなった彼の声と同時に、ふわりと彼愛用の柔軟剤の匂いが鼻腔をくすぐる。
彼の手がゆっくりと私の首筋の後ろに回り、指先が肌に触れた。
その熱さに、私の身体がかすかに跳ねる。
見つめ合う時間が、気まずさを通り越して、熱を帯びた愛おしさに変わっていく。四畳半の境界線
言葉はもう、意味をなさなかった。
彼が私を覗き込む瞳の奥には、確かな熱と、私を求める強い引力が宿っていた。
私の吐息はいつの間にか熱くなり、彼の胸元に触れるほど近くで繰り返される。
29歳という今の年齢も、家に帰れば待っているはずの日常も、この瞬間にすべて消え去っていく。
古びた畳の匂いが、私たちの急激に高まる体温と混ざり合い、ひどく濃厚で甘い空間へと部屋を塗り替えていく。
彼の手が私の背中に回り、引き寄せられる衝動に、私はもう抗うことができなかった。
衣服が擦れ合う音が、狭い部屋の四方に乱反射する。
彼の指先が私の肌をなぞるたび、全身の細胞が歓喜の声を上げるように震えた。
これ以上進めば、もう元には戻れない。
分かっているのに、私は彼という強烈な熱にすべてを委ね、このまま深く溺れてしまいたいという衝動に、激しく興奮していた。


