薄闇に浮かぶ、レースの檻
スマートフォンのレンズが、冷たい硝子の瞳で私を見つめている。
西日の落ちた部屋は、シアン色の薄闇に沈みかけていた。
私はただ、自身のやり場のない熱を記録したかっただけなのかもしれない。
身に纏っているのは、繊細な刺繍が施された薄い黒のブラジャーが一枚。
画面のなかの私は、驚くほど頼りなく、そして酷く不埒な顔をしていた。細い指先で画面をタップし、録画ボタンを押す。
小さな電子音が、静寂を切り裂くようにして響いた。
「……何をしているんだろう」
声にすれば、あまりの滑稽さに指が止まってしまいそうだった。
けれど、レンズの向こうにある無機質な世界に向かって、私は私の秘め事を晒し始めていた。肌を撫でる空気は少しだけ冷たい。
それなのに、胸の奥からせり上がってくる熱のせいで、呼吸は早くも浅くなり始めていた。
指先が微かに震える。
スマートフォンの角度をわずかに変えると、液晶の中で黒いレースが波打ち、締め付けられた肌が仄白く浮き上がった。
焦燥と絹擦れの波紋
視線は常に、画面の中の自分自身と、それを捉えるレンズの間を行き来する。
衣服の擦れる音が、耳元でやけに大きく、湿り気を帯びて響く。
ブラジャーの硬いワイヤーが、せわしなく上下する胸を圧迫し、痛いほどの存在感を主張していた。
この繊細なレースの裏側で、私の心臓が、まるで逃げ惑う生き物のように激しく脈打っている。スマートフォンのレンズを見つめながら、私は自らの内面にある深い陰影へと沈み込んでいく。
画面越しに見る自分の瞳は、濡れたように潤み、言葉にならない熱を訴えていた。
吐き出す息が熱い。
自身の存在を確認するように抱きしめた腕の、かすかな摩擦に、脳裏に白い火花が散るような錯覚を覚える。
レンズは、その一瞬の躊躇いも、強まる呼吸の乱れも、すべてを冷徹に、けれど艶やかに暴き出していく。レンズの奥へ、溶け出す境界
感覚は次第に、私自身の身体という境界線を超えていく。
私は今、撮る者であり、同時に撮られる者として、この閉ざされた空間に完全に支配されていた。
ブラジャーのストラップが肩から滑り落ち、肌に刻まれた微かな痕が露わになる。
それは、自分を縛り付けていた日常という名の理性が、決定的に崩壊していく合図のようだった。限界まで高まった緊張感の中で、私はスマートフォンのレンズを強く睨みつけるように見つめた。
まるですべてを差し出すような、あるいはすべてを拒絶するような、矛盾した衝動が胸を突き上げる。
魂が震えるような昂揚が押し寄せ、頭の芯が真っ白に染まる。
スマートフォンの画面が、私の激しい呼吸に合わせて大きく揺れた。録画を止める指は、もう震えてはいなかった。
ただ、残された熱と、スマートフォンの仄暗い光だけが、私の変容を静かに祝福していた。


