秒針が刻むためらい
「本当にやるの? いつものグループ通話とは、ちょっとわけが違うよ」
画面の向こうで、職場の後輩である彼女が、少し上気した顔でデザイン系の重い専門書を抱え直した。
誰もいない深夜の部屋は、都会の真ん中にあるとは思えないほど静まり返っている。私は人妻という窮屈なシェルターを脱ぎ捨てるように、首元の開いたリネンのシャツに指をかけた。
「……だって、みんなそれぞれ違うって言うじゃない。私だけの波を、あなたに確かめてほしいの」
液晶に映る彼女の真剣な瞳が、私の戸惑いをじっと射抜く。言葉が途切れた長い「間」のなかで、エアコンの微かな駆動音だけが二人の緊張感を煽っていた。
波紋のレイヤー
手元にあるスマートなデバイスのスイッチを入れると、低く、どこか音楽的な振動が部屋の空気を震わせた。
「あ……、すごい。指先から頭の後ろまで、一気に突き抜けるみたい」
彼女は画面に顔を近づけ、私の表情のわずかな変化も見逃さないように息を呑む。
これまでに体験したことのない、幾重にも重なる波のような刺激。それはまるで、何十、何百もの異なる感情の色彩が、私の内側で一気に弾けるようだった。
日常をやり過ごすためだけの場所だった部屋が、彼女の熱い視線と、デバイスが奏でる微細な振動によって、まるで無数の感情が明滅するクラブのフロアのように脈打ち始める。衣服がベッドに擦れるかすかな音が、やけに生々しく鼓動にリンクしていった。未体験の輪郭
「もう、自分がどんな声を上げてるのかも分からないよ……っ」
限界を知らない波が何度も何度も押し寄せ、私は彼女を見つめたまま、熱い吐息を画面へと吹き付けた。
部屋の隅に置かれたアロマディフューザーから、切ないほど甘いシトラスの香りが立ち上り、私の乱れた呼吸とともに空間を満たしていく。
画面の中の彼女は、私の剥き出しの歓喜と、百回以上も繰り返される感情の昂ぶりに、すっかり言葉を失っていた。しかしその瞳には、今すぐこの画面を突き破って私に触れたいという、強烈な衝動が宿っている。
「ねえ、明日、あなたの部屋に行ってもいい……?」
彼女の掠れた声が響いた瞬間、私の世界の境界線が完全に溶けた。お互いの存在に強く縛り付けられ、もう元の日常には戻れないという甘美な予感だけが、夜の深淵へと私たちを誘っていた。


