水槽のなかの熱帯魚
「ねえ、そんなに小さくなって、何に怯えてるの」
ヘアオイルの甘いバニラの香りが漂うなか、同期の彼はコームを弄びながら、私の顔を覗き込んだ。
23歳、美容の世界に飛び込んで毎日のように「美しさ」を追求している私。でも、放課後の誰もいないこの部屋で、彼の前に座る私は、まるですべての装飾を剥ぎ取られた素顔そのものだった。
「……だって、あなたの前だと、隠したい弱点まで全部見透かされそうで」
私は自分の肩を抱きしめるようにして、視線を落とした。実習着の硬いリネンが擦れるサワサワとした音が、やけに鮮明に部屋に響く。
彼は言葉を否定せず、ただじっと私の横顔を見つめていた。その長い、息が詰まるような「間」のなかで、窓の外を流れる夕暮れの淡いオレンジ色が、二人の間に横たわる空気をじわじわと重くしていった。
沸騰するガラスケース
「完璧に作り込まれた君も綺麗だけど、こうして迷っている時のほうが、ずっと本物に見えるよ」
彼の静かな声が、私の耳元に届く。
ゆっくりと背中をソファのクッションへと深く沈めた。自分の内側から立ち上る熱が、部屋のひんやりとした空気を吸い込んで、じわじわと飽和していくのが分かる。
この部屋という空間は、普段なら単なる作業場でしかないはずなのに、今は高まる感情を閉じ込める、密閉されたガラス水槽のようだった。エアコンの吹き出し口から漏れる微かな振動が、心臓の鼓動とシンクロして加速していく。
「……見ないで。今、すごく恥ずかしいから」
顔を覆う私の指先を、彼の温かい手のひらがそっと包み込んだ。その瞬間、触れ合った皮膚から、静かな熱が全身へと駆け巡った。境界線を溶かす残響
「もう、手遅れだよ。君の本当の表情、俺が全部覚えているから」
限界まで引き絞られた緊張の糸が、ついに静かに弾けた。
部屋の隅に置かれた大きな姿見が、二人の距離が縮まっていく様子を冷ややかに、けれど鮮明に映し出している。
23歳という、幼さを残しながら自立し始める年齢の焦燥が、彼の真っ直ぐな瞳に射抜かれることで、深い高揚感へと変わっていく。私は逃げ場を失い、自らの内面を晒したまま、彼を見つめ返した。
「ねえ……明日からの私、いつも通りに接することができなくなったらどうしてくれるの?」
乱れる息の合間に問いかけた瞬間、彼の瞳に潜む意志がさらに深くなった。同期という関係も、日常の境界線も、もう以前とは同じではいられない。このまま放課後の静寂に身を委ね、お互いの本音を確かめ合いたい。引き返せない感情の深淵へと、意識は強く惹かれ合っていった。


