青いサイダーと、いびつな境界線
私の実家からほど近い、学生街の片隅。彼が「秘密基地」と呼ぶアパートの一室は、今時珍しい畳の古びた部屋だった。擦り切れて黄色くなったい草の匂いが、夏の終わりの湿った空気と混ざり合って、妙に鼻腔をくすぐる。
「本当に、こんなとこまで来ちゃうんだね」
彼が、コンビニの袋からプラスチックのカップを取り出しながら、少しからかうように笑った。
「別に, 暇だったから。それに、ここ涼しいって言ったの君じゃん」
私は、色褪せた畳の上に膝を抱えて座り、なるべく不自然にならないよう視線を窓の外へ向けた。でも、エアコンの効きが悪いせいで、じわじわと首筋に汗が滲んでくるのがわかる。彼が私のすぐ隣に腰を下ろした瞬間、衣服が擦れるわずかな音が、狭い部屋にやけに大きく響いた。
熱を帯びる、い草の香
沈黙が流れる。テレビのついていない部屋では、私と彼の距離が物理的な数字以上に近く感じられた。
「ほら、炭酸抜ける前に飲んで」
手渡されたカップが冷たくて、触れた指先がピリッと痺れる。彼の手が、一瞬だけ私の手首に触れた。その部分だけが、まるでアイロンを押し当てられたように熱い。
「……なんか、この部屋にいると、時間の感覚がおかしくなるね」
彼が私の顔をじっと覗き込んできた。その視線を受け止めきれず、私は小さく息を吐き出す。
古びた畳の目は、長年たくさんの人に踏まれて、ところどころ毛羽立ち、ささくれている。私たちの、まだ名前のつかない、でも確実に一線を越えようとしているいびつな関係性そのもののようだった。彼がカップを床に置き、私の方へわずかに体を傾ける。彼の首元から、汗と混ざり合った、少し甘い柔軟剤の匂いが立ち上って、私の呼吸を狂わせた。重なる吐息、踏み出す一歩
「ねえ、本当に暇だから来ただけ?」
彼の声が、さっきよりずっと低くなっていた。見つめ合う時間が、永遠のようにも、一瞬のようにも感じられる。
彼の長い指が、私の髪をそっと耳にかけた。その指先が頬に触れた瞬間、私の中にあった、大人としての理性が音を立てて崩れていくのがわかった。この部屋の古びた畳が、私たちの重みに耐えるように、わずかにきしむ。
「……ずるいよ、そういう聞き方」
私は、自分の声が震えているのを隠せなかった。彼の熱い吐息が、私の唇のすぐ近くで繰り返される。互いの肌が発する熱が、部屋の湿った空気と完全に同化して、視界が熱さでぼやけていく。
もう、どちらが先に動いたのかすらわからない。私たちは、その境界線を踏み越える直前の、最も濃密な引力に抗うことができなくなっていた。


