夏の終わりの呼吸
湿った風が、開け放した窓から容赦なく吹き込んでくる。
八畳間の実家とは違う、ひどく手狭な四畳半の空間。
引っ越したばかりのこの部屋は、まだ自分の居場所という実感が湧かない。
「…本当に、狭いね」
私が膝を抱えて呟くと、彼は低く笑った。
職場の先輩である彼は、荷解きを手伝うという口実でここに来ていた。
距離が、近すぎる。
彼が少し寝返りを打つだけで、着古したTシャツ of 袖が私の剥き出しの足首をかすめた。
畳の古びた部屋には、まだ家具らしい家具もない。
青さを失い、ささくれた井草の匂いが、私たちの間に漂う妙な熱気を吸い込んでいくようだった。
重なる影とささくれ
言葉が途切れ、ただ外を走る車の音だけが遠く響く。
彼は寝転んだまま、じっと私の横顔を見上げていた。
その視線が肌に触れているかのように熱い。
私はわざと視線を外し、床の網目に指先を這わせた。
指先に触れる、ささくれた畳の感触が、今の私たちの危うい関係に似ていた。
うっかり強く触れれば、トゲが刺さって痛い目を見る。
分かっているのに、私はそのざらついた感触を確かめるのを止められない。
「美紅」
名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。
彼が上体を起こし、私のすぐ隣に座り直す。
エアコンの効きが悪いのか、それとも別の理由か、お互いの肌から立ち上る熱が、狭い空間で混ざり合っていくのが分かった。
彼の手が、私の手首にそっと触れた。
衣服の擦れる衣擦れの音が、静まり返った部屋にやけに大きく響く。境界線が消える場所
彼の指先から伝わる体温は、私の想像よりもずっと高かった。
拒むべきなのに、身体が言うことを聞かない。
私はただ、浅い呼吸を繰り返すことしかできなかった。
「…だめ、だよ」
声はかすれ、自分でも驚くほど甘い響きを帯びていた。
彼は何も答えず、ただ私の目をじっと見つめ返してくる。
その瞳の奥にある強い引力に、私は自分が28歳の人妻であることすら、一瞬忘れそうになる。
古びた畳が、二人の重みのせいでかすかに軋んだ。
乾ききった井草が、私たちの熱を浴びて、どこか官能的な匂いへと変化していく。
彼の吐息が私の首元にかかり、全身の細胞が粟立つ。
もう、一歩も引けないところまで来ている。
彼の手がゆっくりと私の頬を包み込み、引き寄せられる。
この狭い四畳半の世界で、私はただ、彼という熱に溺れていく予感に震えていた。


