微炭酸の泡が弾ける距離
ただの機材返却の付き添いのはずだった。撮影サークルの後輩である彼のアパートへ立ち寄ったのは、夕暮れが完全に夜に溶けた頃。案内された四畳半の部屋には、現像液の甘酸っぱい匂いと、彼が淹れたてのペパーミントティーの爽やかな香りが低く漂っている。
「ゆりさん、立ち話もなんですし、そこに座ってください」
彼が差し出したのは、氷がたっぷり入ったジンジャーエール。グラスを受け取るとき、冷たい結露が私の指先を濡らし、同時に彼の手のひらの乾いた熱がかすかにかすめた。
「ありがと。……男の子の部屋って、なんか新鮮」
私はタイトなデニムを少し直しながら、床に体育座りをした。四畳半というあまりにもコンパクトな空間は、私たちの間に存在する「ただのサークルの先輩と後輩」という目に見えない境界線を、じわじわと侵食していくような不思議な圧迫感を持っていた。
気流の変わる密室
静まり返った部屋の中で、小さな冷蔵庫がブーンと低く唸る音だけが響いている。彼が私の斜め後ろ、壁に背を預けるようにして腰を下ろした。
「いつもサークルにいるときのゆりさんって、みんなの先輩って感じだけど」
彼がグラスを置き、私の方へわずかに上体を傾ける。その瞬間、彼の着ているコットンのTシャツが擦れる柔らかな音が、耳元で驚くほど鮮明に聞こえた。
「いまは、なんだかすごく小さく見えます」
まっすぐに向けられた彼の強い視線。私は喉の奥が乾くのを感じて、ジンジャーエールを一口飲み込んだ。炭酸の泡が弾ける音が二人の間の静寂に響く。何秒、そうして見つめ合っていただろう。四畳半の空間全体が、私たちの体温でじわじわと満たされ、お互いの吐息が空気の中で混ざり合っていくのがリアルに伝わってきた。臨界点の手前で
もはや、ドアの向こう側にある現実のルールや立場なんて、この狭い空間には持ち込めそうにない。剥き出しになったふたつの感情が、磁石のように引き合い、逃げ場をなくしていた。
「……僕、ずっと前からこうなることを考えてました」
彼の低い声が、今度は耳元のすぐ近くで鼓膜を震わせる。彼の手が、私の躊躇う手首をそっと、けれど拒めない確かな強さで包み込んだ。その指先から伝わる熱量に、私の心臓は痛いほど脈打ち始める。
見上げる彼の瞳には、いつもの懐っこい後輩の面影はなく、一人の男としての強い独占欲が揺らめいていた。衣服が深く擦れ合い、お互いの熱い呼吸が完全に重なり合う。この四畳半の部屋という密室が、私の理性を完全に溶かし尽くしていく圧倒的な予感に、私はただ抗うことを諦めるように、そっと目を閉じた。


