微睡みのなかのアロマ
「いつも、ありがとうございます。今日もかなりお疲れですね」
私は、ベッドの横に佇む常連の彼に微笑みかけた。
26歳という彼の肌は若々しく、けれど仕事の重圧を物語るように肩のラインはいつも硬く強張っている。
「みうさんの施術を受けると、本当に身体の芯からほどけていくんだ」
ラフなガウンに着替えた彼が、少し低く、耳の奥に響く声で呟く。
彼がベッドに横たわる際、滑らかなリネンと衣服が擦れ合う音が静かな室内にやけに鮮明に響いた。
部屋には、先ほどから焚いているイランイランとゼラニウムの甘く濃厚な香りがじわりと満ちている。
ふと彼が顔を巡らせ、私の手元をじっと見つめてくる。
その視線の熱さに、私たちの間にある四角い部屋の空気が、じれったいほどの緊張感を帯びていくのがわかった。
交錯する体温とためらい
施術が始まると、言葉が途切れるたびに室内の温度が目に見えて上がっていくような錯覚に陥る。
私は彼の首筋から鎖骨にかけて、オイルを含ませた手のひらでゆっくりと圧をかけていく。
触れた肌の熱、核心に迫る彼の逞しい身体の輪郭が、私の指先を通じてダイレクトに私の感覚へと伝ってくる。
「…そこ、すごく気持ちいい」
彼が小さく息を呑む音が聞こえ、彼の唇から漏れた吐息が、驚くほど熱く私の手首をかすめた。
見つめ合う時間が長くなるほど、自分の心臓の鼓動が速くなっていくのがわかる。
部屋の隅に置かれた加湿器から上がる白い蒸気が、暖色の光の中でゆらゆらと境界線をなくしていく。
その曖昧で、けれど確実に満ちていく熱が、私のプロフェッショナルとしての理性を少しずつ溶かしていった。
彼の呼吸が少しずつ深く、そしてどこか焦燥を孕んだものへと変わっていくのを、私は至近距離で敏感に感じ取っていた。理性を溶かす一瞬
もう、お互いの感情に嘘をつくことはできなかった。
彼が不意に私の手首をそっと掴み、拒絶を許さないほどの強い視線で私を完全に捕らえた。
至近距離で交わる呼吸が、これまでに経験したことのないほど濃密な空気を生み出していく。
「もう、ただのお客さんとスタッフのフリなんてできないよ」
彼の絞り出すような囁きが耳元に届いた瞬間、全身に痺れるような甘い衝撃が走った。
私の指先は、施術の手を止めたまま、無意識にベッドのシーツをきつく握りしめていた。
この閉ざされた部屋の中で、周囲の雑音は完全に消え去り、私たちの速い呼吸と、ドクドクと重なり合う心音だけが世界を支配している。
お互いの存在に強烈に惹きつけられ、これまでの境界線を完全に越えてしまいそうになる絶対的な一瞬。
私はただ、熱く潤んだ彼の瞳を見つめ返し、その先にある変化をじっと待っていた。


