微睡みの境界線、白き迷宮の入り口
四十年の歳月を重ねた私の背中には、若さという無防備な武器の代わりに、磨かれた滑らかな陰影が宿っている。
夜明け前の寝室は、まだ深いブルーの闇に満たされていた。
私はベッドの上に上半身を完全に起こし、ただ無言で窓の外を見つめている。背後には、まだ眠りから覚めきらない彼の気配があった。
「……寒くないかい」
低く掠れた彼の声が、静寂のなかでシーツを擦る音とともに響く。
私は振り返らず、ただ肩を小さく竦めてみせた。
「少しだけ。でも、この冷たさが心地いいの」
私の背中は、何も纏わないトップレスのまま、冷涼な空気に晒されている。
腰のあたりで乱雑に折り重なった布団は、まるで私たちの間にある、言葉にならない曖昧な境界線のようだった。彼に見られているという確固たる意識が、私の背筋をぴんと緊張させ、まだ見ぬ視線の交差を予感させていた。
熱を帯びる陰影、波打つ布の波紋
彼がベッドのうえで身を起こす気配が、空気の振動となって私の剥き出しの背中に伝わってくる。
私の呼吸は、彼が近づくにつれて、じわじわと熱と湿り気を帯びていった。
私たちは直接目を合わせているわけではない。しかし、私の背中にある背骨の窪みや、肩甲骨の緩やかなカーブを、彼の視線がじっと執拗になぞっているのが、肌の熱感ではっきりと解る。
この焦れったい「間」が、室内の空気を濃密に膨らませていく。
腰を覆う布団は、私の体温を吸い込んでじっとりと重みを増し、私たちの間に横たわる、形にならない欲望の重力そのもののように見えた。
「君の背中は、いつも何かを堪えているように見える」
彼の呟きに、私の心臓が不規則に跳ねる。
衣服を介さない生身の背中は、どんな言葉よりも雄弁に、私の中に眠る渇望を彼へと晒し出していた。融解する距離、決定的な静寂のなかで
ついに、彼の長い指先が、私の肩のすぐ近くの空気をかすめたような錯覚を覚えた。
私の内面は、かつてないほどの激しい昂揚と、大人の理性が命じる静止の間で、千々に引き裂かれそうになっていた。
これ以上近づけば、私は私を縛る日常へと戻れなくなる。
乱れた布団の大きな皺は、今や決壊寸前の私の防壁のようであり、同時にすべてを包み込もうとする抱擁の準備のようでもあった。
彼の熱い吐息が、私のうなじに触れる。
見つめ合う以上の濃密な気配が背後から押し寄せ、私の身体は、彼の存在という強烈な磁場に完全に囚われていた。
振り返ってその腕に飛び込むべきか、それともこのまま拒絶の美徳を貫くべきか。
限界まで高まった緊張感の中で、私の背中は、彼の次の一動を狂おしいほどの静寂で待っていた。


