密室の秒針
狭い部屋の中に、電子音だけが規則正しく響いている。壁の一面が巨大な鏡になっているその空間は、どこか現実感を失わせる奇妙な冷たさがあった。
「……ねえ、これ、本当に外から見えないの?」
私は自分の声を、ひどく小さく感じた。隣に座る彼――職場の先輩であり、決して一線を越えてはいけないはずの、憧れの人。
「さあ、どうだろう。でも、100分以内に指示に従わないと開かないってのは、マジみたいだな」
彼は困ったように笑いながら、スマホの画面に目を落とした。カウントダウンの数字が、刻一刻と減っていく。密閉された部屋の空気は、私たちの吐息で少しずつ重くなっていた。彼の肩がすぐ近くにあり、上着が擦れるかすかな音が耳に届く。そのたびに、私の心臓が小さく跳ねた。
近づく距離と、裏腹な体温
時間が経つにつれ、部屋の温度が上がっていくのがわかった。エアコンの風は動いているはずなのに, 肌にまとわりつく空気は妙に熱い。
「暑いな」
彼がネクタイを少し緩めた。その指先の動きに、思わず視線が吸い寄せられる。首元からのぞく肌が、ほんのりと赤みを帯びているように見えた。
「……そうですね」
私は膝の上でぎゅっと手を握りしめた。鏡に映る私たちは、まるでお互いを探り合っているかのように、じっと動かない。だが、視線がふと交わった瞬間、言葉にできない緊張感が走った。彼の目が、いつもより深く、真剣な色を帯びている。ただ見つめ合っているだけの時間が、永遠のようにも、一瞬のようにも感じられた。衣服が擦れ合う音が、静かな部屋の中で驚くほど大きく響いた。境界線が溶ける瞬間
残り時間はあとわずか。私たちはどちらからともなく、限界まで距離を詰めていた。彼の熱い吐息が、私の首筋をかすめる。その熱量に、頭の芯が痺れるような感覚を覚えた。
「もう、理屈じゃないな」
彼の声が低く、耳元で囁かれる。その瞬間、私は彼の手が自分の肩に触れたのを感じた。触れられた場所から、じわじわと熱が全身に広がっていく。この部屋という閉じられた世界の中で、外の常識なんて意味を持たなくなっていた。お互いの鼓動が重なり、混ざり合っていく。私は静かに目を閉じ、彼の胸元へと身を委ねた。境界線が、完全に溶けていくのがわかった。


