五年のノイズ、一秒の静寂
「ちょっと、冗談できついってこれ」
私は機材車のバックシートに転がしてあった、いつものくたびれたパーカーの袖をぎゅっと引っ張った。
壁一面が冷ややかな鏡になっているこの部屋は、まるで歪んだスタジオのようだった。5年間、同じバンドでギターを弾いてきた彼――いつもは私のくだらないボケに呆れ顔で突っ込んでくる男が、今は信じられないくらい困惑した顔で、壁の赤いデジタルタイマーを見つめている。
残り、92分。
『行為に及ばなければ脱出不可能』というふざけた電子パネルの文字を、私たちは鼻で笑い飛ばすこともできずにいた。
「りな、落ち着けよ。どうせドッキリか何かだろ」
彼はそう言って笑おうとしたけれど、声がわずかに掠れている。
いつものスタジオの狭い部室とは違う。この部屋は、私たちの機材の匂いも、タバコの煙の残り香もない。ただ、ただっぴろい鏡に映る二人の、ぎこちない距離感だけが浮き彫りになっていた。彼が首を傾げたとき、Tシャツの襟元が擦れるカサリとした音が、やけに鼓膜に刺さった。
歪んでいくコード
いつだって私たちは、音を重ねることで会話をしてきた。だけど、楽器を持たない私たちの間には、どうしようもないほどの「無音」が流れている。
「……なんかさ、この部屋、空気薄くない?」
私がわざと明るく言うと、彼は床に座り込んだまま、じっと私を見上げてきた。その視線が、いつもステージの上でアイコンタクトを交わすときのそれとは、全く違う熱を帯びていることに気づいてしまう。言葉が途切れ、二人の間の空気がじわりと重くなる。
彼は何も言わず、ただ自分の膝を見つめ、それからまた私を見た。見つめ合う時間が、数秒なのに数時間のように長く感じられる。
「なあ、りな」
彼が立ち上がり、一歩近づいてきた。その瞬間、彼の体温がふわりと肌に伝わって、私の心臓が痛いほど跳ねた。
部屋という冷たい箱が、まるで私たちの体温を吸収して、じわじわと熱を帯びていく感覚。彼が私のすぐ目の前で足を止めたとき、いつもの洗剤の匂いに混じって、彼自身の、少し甘い肌の匂いが鼻腔をくすぐった。私の呼吸が、自然と浅くなっていく。最後のプラグを引き抜くとき
タイマーの数字が、無情にも減っていく。けれど、もうそんな数字はどうでもよくなっていた。
「5年、ずっと一緒にいたのにさ」
彼の低い声が、私の耳元で微かに震えた。吐息が首筋に触れるたび、ゾクッとした熱い電流が背中を駆け抜ける。
絶対に崩してはいけない関係だった。バンドのバランスも、今までの友情も、すべてがこの部屋の冷たい鏡の向こうに溶けて消えていく。彼の手が、私の手首に触れた。熱い。いつもギターの弦を押さえている、少し硬くて無骨な指先。その感触が、私の rational(理性的)な思考を完全に麻痺させていく。
この部屋は今、世界で一番狭くて、一番濃密な空間だ。鏡の中の私は、見たこともないほど潤んだ瞳で彼を見つめていた。
「……もう、戻れなくなってもいいよ」
私がそう呟いた瞬間、彼の視線が私の唇へと落ちた。お互いの鼓動が、部屋の隅々にまで響き渡るような錯覚の中で、私たちはついに、お互いを強く求め合うように手を伸ばした。


