残業時間のルール変更
「それ、どういう意味ですか、課長」
終電が近づき、すっかり静まり返ったオフィス。私はデスクに手をつき、目の前に立つ上司を睨みつけた。
彼は手元のタブレットに、私が週末に副業として働いている夜のサロンの求人ページを表示させていた。社内規定に触れる、という建前を盾にして、彼は私に「秘密の共有」を迫っている。
壁に囲まれたこの深夜の役員室は、昼間の風通しの良さとは打って変わって、冷酷な密室のように機能していた。
「意味も何も、君が一番よく分かっているんじゃないか?」
彼がにやりと笑いながら、一歩近づいてくる。その拍子に、かっちりとした仕立てのスーツが擦れるカサリとした音が、やけに生々しく鼓膜を打った。昼間の立場を利用して私を追い詰めようとする彼の呼吸が、静かな部屋の空気をじわじわと侵食していくのが分かった。
主導権のノイズ
沈黙が長引くにつれ、部屋の温度が不自然に上昇していくような錯覚に囚われる。
「私がそこで、どんな施術をしているか……本当に知りたいんですか?」
私はわざと声を低くし、彼の目をまっすぐに見つめ返した。その瞬間、彼の瞳にわずかな動揺の光が走る。言葉が途切れ、二人の間の空気が張り詰めた弦のように震えた。
形勢を逆転させるための間を、私はじっくりと楽しむ。彼は強がったまま動かないが、ネクタイを緩める指先が微かに震えていた。
「……何が言いたい」
「課長こそ、私に命令できる立場だと勘違いしていませんか」
私はさらに距離を詰め、彼のデスクの上の万年筆を指先でそっと転がした。硬質な音が響き、彼の視線が私の手元に吸い寄せられる。衣服が擦れ合う音が静寂を破り、いつの間にか私たちの立場を分かつ境界線が、熱を帯びて融解し始めていた。反転する契約
「立場が上なのは、本当にそっちですか?」
至近距離で囁いた私の熱い吐息が、彼の首筋をかすめる。その瞬間、彼の肩が大きく跳ねた。
弱みを握って優位に立つはずだった彼の瞳には、今や明確な焦燥と、それ以上の抗えない熱が浮かんでいる。私は彼の手首を掴み、デスクへと押し付けた。触れた肌から伝わる圧倒的な体温が、この部屋の主導権が完全にひっくり返ったことを証明していた。
「な、にを……」
拒絶しようとする彼の声は、すでに掠れて甘く震えている。昼間の厳格な上司の面影はどこにもない。鏡のような窓ガラスに映る彼は、見たこともないほど潤んだ瞳で私を見上げていた。お互いの激しい鼓動がシンクロし、オフィスという日常の倫理が完全に崩壊していく。私は彼の胸元を強く引き寄せ、その耳元で次の言葉を紡ごうとした。


