終電のあとのオフィスで
「あの、先輩……。もう、誰もいませんよ」
金曜日の二十三時、静まり返ったオフィス。
蛍光灯が落とされ、私のデスクの上だけがPCの青白い光に照らされている。
いつもなら私の提出した企画書を厳しくチェックするはずの上司は、どこか落ち着かない様子で、私の手元をじっと見つめていた。
昼間の私は、彼の指示に「はい」としか言わない、ただの従順な部下。
だけど、深夜の静寂が私たちの距離を狂わせていく。
彼のネクタイがわずかに緩む。
その動作が、張り詰めた室内の空気を一瞬で甘く揺らした。「まだ帰らないのか?」
「……帰してくれないのは、先輩の方です」小さく呟いて、私は立ち上がった。
いつも着ているベージュのカーディガンのボタンを、一つずつ外していく。
その下に隠した、誰も知らない秘密の武装。
繊細な黒いレースと、肌を挑発的に縛るストラップ。
それはまるで、自分の意思で彼を圧倒するために仕立てられた女王様のような下着だった。
支配のカードを裏返すとき
いつも私を評価する側の彼が、今はその目を見開いたまま、息を呑んで硬直している。
立場が逆転するその「間」が、たまらなく愛おしい。
彼の視線が、私の胸元から露わになった鎖骨へと釘付けになっていく。
私は一歩、彼との距離を詰めた。
ヒールの音が静かなフロアに硬く響く。「いつもみたいに、何か言ったらどうですか」
私の声は、昼間の優等生なトーンとは全く違っていた。
低く、彼の鼓動を直接揺らすような響き。
エアコンの風が、火照り始めた私の肌をかすめる。
彼のネクタイを指先で引き寄せると、微かに混ざり合う彼のシトラスの香水と、私の甘い体温。
怯えているような彼の瞳を見つめながら、私の中の何かが完全に弾けた。
主導権はもう、彼のものじゃない。夜が溶けて、私たちが色づく
「ねえ、私のこと、ただの部下だと思ってた?」
デスクの端に手を突き、彼を追い詰めるようにして、私はその耳元で熱い吐息を吹きかけた。
昼間の理不尽な命令や、私を困らせた言葉たちを、今度は私が彼の心に刻み込んでいく番。
彼の手が戸惑いながら私の腰に触れ、衣服が擦れる摩擦音が静寂を破る。
驚くほど熱い彼の体温が、黒いレース越しに伝わってきた。彼は完全に言葉を失い、私の強い視線に射すくめられていた。
このまま、夜が明けるまで彼を言葉で攻め立て、翻弄し続けたい。
彼の息が荒くなり、視界が二人の熱気でわずかに霞む。
いつものオフィスが、私たちのプライベートな劇場へと変貌していく。
もっと彼を揺さぶりたい、その衝動に突き動かされ、私はさらに深く、彼の心の領域へと踏み込んでいった。


