真夜中のカクテルドレス
「女の子同士だし、もっとお喋りしよ?」
クラブのフロアでそう声をかけてきた彼女は、誰もが振り返るような圧倒的な美貌の持ち主だった。
意気投合して二次会代わりに連れてこられたホテルの客室は、静寂とラベンダーのルームフレグランスで満たされている。
夜景を映すガラス窓の前に並んで座り、缶のサワーを開ける。
カサリ、と彼女のタイトなドレスが擦れる音が、妙に低く、心地よく耳に届いた。
私はまだ、完全にお洒落な「お姉さん」との夜遊びの延長線上にいるつもりだった。「……ねえ、実は私、生まれてからずっと男の子の体なんだよね」
グラスを持つ私の手がピタリと止まる。
冗談だと思って顔を見ると、彼女――彼の切れ長の瞳は、吸い込まれそうなほど真剣に私を射抜いていた。
よく見れば、形の良い鎖骨の少し上、喉仏が小さく上下する。
騙された、という戸惑いよりも先に、目の前の美しい存在の「正体」に、私の心臓が不規則なビートを刻み始めた。「え、嘘……だって、こんなに可愛いのに」
私の掠れた声に、彼は悪戯っぽく微笑み、ゆっくりとグラスをテーブルに置いた。
溶け出す境界線
戸惑いは、静かに部屋の熱に侵食されていく。
ホテルの密室は、外の世界の「男と女」というルールを少しずつ曖昧にさせていくようだった。
彼がゆっくりと髪をかき上げる動作一つに、男らしい骨格と、女性以上の艶やかさが同居している。
その二面性に、私はどうしようもなく目を奪われていた。「驚いた? 嫌なら、すぐに帰ってもいいんだよ」
そう言いながら、彼は私のすぐ隣に滑り込んできた。
彼の衣服が擦れる柔らかな音が、静まり返った部屋に生々しく響く。
差し出された彼の手のひらが、私の手首にそっと触れた。
伝わってくる熱は、明らかに私よりも高くて、骨太だ。
その肌の熱さを感じた瞬間、私の身体の奥からじわじわと不思議な高揚感が広がっていく。
見つめ合う時間が長くなるほど、言葉にできない二人の間の空気が濃密に揺れ、不思議な居心地の良さを増していくのが分かった。「……帰るなんて、言ってない」
私の言葉に、彼の瞳の奥の熱が一気に変化した。
夜の底で交わる視線
もう、日常のフィルターは完全に引きちぎられていた。
彼が私を見つめる眼差しは、先ほどまでの「お姉さん」の仮面を完全に脱ぎ捨てた、一人の意志を持ったものだった。
彼の長い指先が、ガラスグラスの縁をなぞる。
その圧倒的な存在感と、包み込まれるような雰囲気に、私はいつの間にか引き込まれていた。ホテルの四角い空間は、今や二人の静かな緊張感に満ちていた。
窓の外に見えるきらめく街の明かりが、部屋の輪郭をぼやかす。
彼は静かに距離を詰め、その真っ直ぐな視線で私を捉えた。
すぐ近くで感じる確かな体温と、隠しきれない彼の存在感が、これまでの常識を激しく揺さぶる。騙されていたはずなのに、今はこの未知の魅力と、彼という存在に強烈に惹きつけられている。
お互いの境界線が曖昧になる夜のなかで、二人の影は静かに重なり、深い対話のなかへと沈み込んでいった。


