仄暗い面接室の境界線
膝が隠れる長さの、ひどく没個性的な紺色のタイトスカート。主婦という平穏な肩書きを象徴するようなその裾を、私は面接室のパイプ椅子に座りながら、何度も手のひらでなぞって伸ばしていた。
「志望動機は、……生活費の足しに、ということで間違いないですか?」
机を挟んで向かい合う面接スタッフの男性――杉本さんは、手元の履歴書から私へと視線を移した。彼の鋭い、けれどどこか酷薄な双眸が、私の地味な顔立ちを値踏みするように捉える。メンズエステという、男と女の肌が触れ合う境界の場所。そこに、化粧も薄く華やかさの欠片もない私が応募してきたことへの不審が、彼の沈黙に混ざり合っていた。
「はい。ですが、やるからには、お客様に満足していただける技術を身につけたいと思っています」
私の声は、酷く硬かった。張り詰めた空気の中で、布地が擦れる微かな音さえ鼓膜に響く。
「……なるほど。では、形だけでいい。僕の腕を使って、君の言う『技術』とやらを見せてもらえますか」
杉本さんは、ワイシャツの袖を肘の上まで捲り上げた。露わになった男の腕は、想像以上に太く、熱を帯びて見えた。
指先から伝播する静謐な熱
私は椅子から立ち上がり、彼の側へと歩み寄った。一歩進むごとに、タイトスカートが私の動きを制限するように太ももに触れる。その窮屈な感覚が、かえって私の集中力を研ぎ澄ませていく。
彼の前に立ち、そっとその前腕に触れた。その瞬間、杉本さんの肩の力が僅かに抜けるのが分かった。
私の手つきは、衣服の下に隠していたこれまでの日常を忘れさせるほどに、淀みなく彼の肌を捉えた。地味な主婦としての顔を脱ぎ捨て、ただ「触れる」という行為にのみ神経を注ぐ。指先で筋肉の強張りを解きほぐすように、ゆっくりと、しかし確実に芯を捉えた圧をかけていく。
「、……っ」
杉本さんの口から、短く息が漏れた。彼の肌から伝わる熱が、私の手のひらを通じて私の内側へと静かに浸透してくる。さっきまでの冷徹な面接官の目は影を潜め、彼はただ、自分の身体が未知の感覚に支配されていく様子を、驚きと共に凝視していた。タイトスカートの生地が微かに擦れる音だけが、沈黙の中で鮮明に響き渡っていた。張り詰めた静寂の果て
手技に没頭する時間は、面接という形式を忘れさせるほどの濃密な静寂を生んでいた。私の指先が彼の手首の関節を優しく包み込んだとき、杉本さんの手が、ふと私の動きを止めるように重ねられた。
「君は、……どこでこれを身につけた」
彼の声は低く、抑えきれない動揺が混じっていた。見つめ合う二人の間には、言葉にならない気配が満ちている。彼の瞳の奥にある、私の技術に対する困惑と、それ以上に深い興味が、私を射抜くように捉えた。
重ねられた手から、彼の戸惑いが伝わってくる。私がゆっくりと手を引こうとした瞬間、タイトスカートの裾が限界まで張り詰めた。それはまるで、これ以上踏み込めば何かが変わってしまう、二人の距離を象徴しているようだった。
「……不合格、でしょうか」
私は視線を逸らさず、静かに問いかけた。彼の指に僅かな力が籠もり、その狭い空間は、互いの存在を強く意識せざるを得ない磁場に支配されていた。張り詰めた布地の感触と、部屋を満たす熱を帯びた空気。私たちは、答えの出ない問いを共有したまま、解けない緊張の糸に繋ぎ止められていた。


