ためらいのステップ
「本当に、私でいいの?」
きらめく街の明かりから逃げるように入り込んだ、静かなロビー。
私の問いかけに、隣を歩く彼は小さく肩を揺らした。カジュアルなパーカーの袖をぎゅっと握りしめた彼の指先は、かすかに震えている。
街頭で声をかけられたときは、よくある軽いナンパだと思った。でも、彼の必死な瞳と「どうしても、教えてほしいんです」という真っ直ぐな言葉に、胸の奥が妙に疼いてしまったのだ。
フロントを通り過ぎる時、彼はひどく緊張した様子で視線を泳がせている。
初めての夜、初めての景色。
彼にとってのすべてが、今この瞬間に染まっていく。私の背中をそっと押すような、どこか現実味のないホテル特有の静けさが、私たちの足音だけを妙に大きく響かせていた。
熱を帯びる沈黙
部屋のドアが閉まった瞬間、カチリと鍵の締まる音がして、世界に二人きりになった。
カーテンの隙間から差し込む都会の夜景が、薄暗い部屋の床に細い光の線を引いている。
「あの……」
彼はベッドの端に腰掛けたまま、どうしていいか分からないという風に俯いた。
私はその隣に、ゆっくりと腰を下ろす。衣服が擦れるわずかな音が、耳元でやけに生々しく響いた。
「緊張しすぎ。ほら、こっち向いて?」
促すと、彼がおずおずと顔を上げる。至近距離で交わった彼の瞳は、熱い何かを訴えるように潤んでいた。
そっと手を伸ばし、彼の頬に触れる。ひんやりとした私の指先とは対照的に、彼の肌は驚くほど熱を帯びていた。
ドクドクと、彼の速い鼓動が肌を通じて伝わってくる。その初々しい熱量に、私自身の体温もじわじわと引き上げられていくのが分かった。未踏の夜の終着点
彼の吐息が、不規則に私の首筋をくすぐる。
「優しく、おねがいします」
消え入りそうな声で囁いた彼の言葉が、私の理性を甘く狂わせていく。
ただの「お手伝い」のつもりだったのに、彼のひたむきな視線に射抜かれるたび、胸の奥から焦がれるような衝動がせり上がってきた。どこまで彼を受け入れ、どこまで彼を染めてしまっていいのだろう。
重ねた手のひらから、お互いの境界線がドロドロと溶けて混ざり合っていくような錯覚に陥る。
窓の外に広がるホテル街のネオンが、じっと私たちを見下ろしていた。あの記号的な光の海に、今夜、私たちは完全に飲み込まれようとしている。
彼の肩が、今度は期待と昂ぶりのために小さく震えた。見つめ合う瞳の奥、もう引き返せない熱い夜の幕が、静かに、そして激しく上がり始めていた。


