密やかなノイズをまとって
「本当にこれ、つけたまま歩くの?」
私はコートの裾をぎゅっと握りしめながら、隣を歩く彼を上目遣いで睨んだ。
週末の渋谷。行き交う人々は何の疑いも持たずに私たちとすれ違っていく。けれど、私の歩調はいつもより確実に遅く、そして不自然だった。なぜなら、私の服のポケットの奥には、彼が先ほど手渡してきた小さな、規則的な微振動を刻み続けるワイヤレスのスマートデバイスが忍ばされているからだ。「そうだよ。ほら、もっと普通に歩いて」
彼は悪戯っぽく笑いながら、わざと私の歩幅を狂わせるように、私の腰に手を添えてくる。彼の手のひらから伝わる体温と、ポケットの中でかすかに震えるデバイスのノイズが混ざり合い、私の肌に絶え間ない鳥肌を立てていく。衣服が擦れ合う音が、まるで大きな音のように耳の奥で反響した。
通りを抜けた先、夜の闇に浮かび上がる、静かで大きなホテル。その遮断された空間の入り口を見つめた瞬間、私の心臓はドクリと大きく跳ね上がった。あの扉の向こうに行くまで、このじれったい緊張感は終わらないのだ。
加速するプライベート・リズム
エレベーターが目的の階に到着し、静まり返った廊下を歩く。部屋のカードキーが電子音を立てて開いた瞬間、私は張り詰めていた息を大きく吐き出した。
外の世界から完全に切り離された空間。ドアが閉まった途端、彼が私の正面に回り込み、行く手を阻むように壁に手を突いた。「……すごく緊張してたでしょ」
彼の視線が、私の焦燥しきった瞳を真っ直ぐに射抜く。見つめ合う時間が、数分にも数時間にも感じられた。部屋の灯りは落とされたままで、窓から差し込む街の薄明かりだけが、二人の間の張り詰めた空気を可視化している。
「だって、あんなの……」
言い訳を口にしようとした瞬間、彼は私のポケットに手を伸ばし、デバイスのスイッチを切った。突然訪れた静寂。しかし、デバイスの振動が止まった代わりに、私の身体には彼の手のひらのダイレクトな熱が、じんわりと、だけど強烈に侵入してきていた。熱情のシンクロニシティ
「これからは、俺の番」
彼は低く、少し掠れた声で囁くと、私のコートをゆっくりと肩から滑り落とした。バサリと床に落ちる布地の音。剥き出しになった私の防衛本能を急かすように、彼の熱い吐息が首筋に吹き付けられる。ベッドの端に腰掛けた彼の膝の間に、私は引き寄せられるように立っていた。
「ねえ、もう待てない」
私の本音が、小さく、掠れた声になってこぼれ落ちる。彼は何も言わずに、私のブラウスのボタンを一つずつ、だけど確実な手つきで外していった。肌と肌が触れ合うたびに、外を歩いていた時の緊張感が、すべて純粋な熱量へと変換されていくのがわかった。
彼の視線には、もう先ほどまでの余裕な笑みは一切なかった。ただ、目の前の私を支配し、満たしたいという強烈な衝動だけが、その瞳の奥で揺らめいている。私は彼の首筋に手を回し、自らの体温をすべて預けるように、その胸へと深く沈み込んでいった。


