不意打ちの交差点
週末、深夜2時のスクランブル交差点。押し寄せる人の波をすり抜けるように、彼は私の隣に並んだ。少し低くて、心地よく耳に響く声。
「ねえ、このまま帰るの、ちょっともったいなくない?」
驚いて顔を上げると、いたずらっぽく笑う彼の瞳と視線がぶつかった。初めて会ったはずなのに、その距離感の詰め方に心臓がトクンと跳ねる。
「……ナンパ? 私、そんなに暇そうに見えた?」
強がってみせたけれど、彼が私の歩幅にぴったり合わせて歩き出すと、服の袖が擦れるかすかな音が妙に大きく聞こえた。
通りを曲がった先に見える、そびえ立つホテル。そのきらびやかで閉ざされた空間が、私たちのこれからの関係を予感させるように、夜の闇の中でひっそりと佇んでいる。彼の視線が私の手元へと落ち、何かが始まる前のじれったい空気が二人の間を支配し始めていた。
触れる体温、縮まる呼吸
「ちょっと、どこ連れてく気?」
冗談めかして立ち止まると、彼は振り返り、いたずらな笑みを消して私をじっと見つめた。その真剣な眼差しに、一瞬だけ言葉を失う。
「もっと君を近くで感じたいって言ったら、困る?」
彼の指先が、私の手首にそっと触れた。ほんの少しの接触なのに、そこからじんわりと熱が広がっていくのがわかる。
夜風は冷たいはずなのに、二人の距離が縮まるたびに、衣服の隙間から漏れるお互いの体温が混ざり合っていく。彼の呼吸が私の耳元をかすめ、甘いシトラスの香りが鼻腔をくすぐった。
まるでホテルの扉を押し開けて、静寂な一室に足を踏み入れたときのような、外の世界のすべてが遮断されたかのような濃密な感覚。彼の手の動き、視線の配り方、そのすべてに私の身体は敏感に反応し、内側の温度がじわじわと上がっていくのを止められなかった。理性が溶ける瞬間
お互いを見つめ合う時間が、永遠のように長く感じられた。もう、最初の戸惑いなんてどこかへ消え去っている。
「……ねえ、もう引き返せないよ?」
私の掠れた声に、彼は何も言わず、ただ深く、吸い込まれそうなほど強い視線で応えた。
彼の手が私の髪をすくい上げ、首筋へと滑り落ちる。その仕草一つひとつに込められた確かな熱量に、胸の奥が締め付けられるように高鳴った。
このまま彼の奔放なペースに流されてしまいたい。いや、私自身がそれを強く望んでいることに気づく。張り詰めた緊張感のなかで、お互いの存在に強烈に惹きつけられ、これまでの自分なら絶対に選ばなかった一歩を、今まさに踏み出そうとしていた。夜が明ける前の最も深い闇の中で、私たちの境界線は完全に溶けかけていた。


