深夜回診の、かすかな擦過音
深夜二時のナースステーションは、冷徹な機械音と特有の消毒液の匂いに支配されていた。連日の過酷な勤務で、私の肉体は疲弊しきっているはずなのに、皮膚の裏側では行き場のない熱がじっとりとうねりを上げている。私はその渇きから逃れるように、静まり返った個室病棟の巡回へと向かった。
カーテンを開けた先、ほの暗い常夜灯の下で彼が身を起こした。長い入院生活で体力を余らせた彼の瞳は、暗がりのなかで獣のように鋭く光っている。
「……遅かったね」
「点滴の、確認です」
私の白衣が擦れる微かな音が、静寂を裂くように響いた。彼の腕に触れた瞬間、私の中に眠っていた焦燥感が跳ねる。彼の手首を流れる脈拍は、私自身の張り詰めた鼓動と完全に同調していた。
無菌室のなかの熱病
彼は何も言わず、私の手首をそっと掴み返した。その指先から伝わる圧倒的な肌の熱に、私の理性の堤防が微かにきしむ。
「君も、本当は限界なんだろう?」
掠れた彼の低い声が、人工呼吸器の規則的な排気音に混ざり合う。見つめ合う時間の長さが、互いの禁忌の境界線を溶かしていく。点滴のボトルから静かに滴り落ちる薬液は、まるで私たちが一刻一刻と、引き返せない情事の深淵へと滴り落ちていく時間のようだった。
私はナースコールを押す指を止め、彼のベッドの端に深く沈み込んだ。シーツが引き絞られる乾いた音が、密室の空気をさらに濃密に変えていく。彼が私の髪に手を伸ばし、その熱い吐息が首筋にかかった瞬間、私は冷たい医療の仮面を完全に脱ぎ捨てていた。
溢れ出す、本能の手当て
病院という規律に縛られた主従関係は、もはや意味をなさなくなっていた。私たちは、互いの存在が放つ強烈な磁場に翻弄され、ただ互いの渇望を満たすためだけに深く、激しく引き寄せ合った。
彼の大きな手が私の白衣の襟元を緩め、むき出しになった肌に彼の熱い手のひらが滑り込んでくる。無機質だったはずの病室が、私たちの混ざり合う吐息と、狂おしいほどの体温によって瞬く間に満たされていく。恋人もなく、ただ仕事に追われ、乾燥しきっていた私の内側に、彼の強烈な存在感が奔流となって流れ込んできた。
もう、明日の回診のことも、看護師としての義務もどうでもよかった。私たちはこの深夜の静寂のなかで、理性をすべて蒸発させながら、ただ一つの熱い衝動に向かって深く、激しく溺れていった。


