微熱の予感
入社式の喧騒と、どこか義務的な懇親会のアルコールの匂いから逃れるようにして、私たちは手配されたホテルの使われていない控室に迷い込んでいた。薄暗い室内には、先ほどの余興で使われたらしい、場違いな「コスプレ」の豪奢なドレスがトルソーに掛けられたまま取り残されている。慣れないパンプスで疲れた足を休めていると、不意にドアが開き、指導係の先輩が入ってきた。
「なんだ、みんなここに隠れていたのか」
先輩の声は、いつものオフィスでの冷徹なトーンとは違い、かすかにかすんでいた。
私たちは一斉に立ち上がろうとしたが、先輩はそれを手で制した。
部屋の隅に佇むドレスの、非日常的なレースの縁取りが、窓からの月光を浴びて妖しく浮かび上がる。その言葉に、私たちの胸の奥が小さく跳ねた。見つめ合う時間の長さが、沈黙をじりじりと濃密に変えていく。先輩の瞳の奥にある、射抜くような光から目を逸らすことができなかった。
「疲れただろう。無理もない」
先輩が近づくにつれ、仕立ての良いスーツから、微かにシガーと上質なウイスキーの香りが漂った。私たちの視線は自然と先輩の端正な指先に集まる。その手が、トルソーのドレスの襟元に触れた。絹が擦れる微かな音が、静まり返った部屋にやけに大きく響く。
「このドレス、まるで君たちのようだ。まだ誰も袖を通していない、完璧な白」
溶け合う境界
部屋の温度が、じわじわと上がっていくのを感じた。
先輩はゆっくりと歩を進め、私たちのすぐ目の前で足を止めた。
あまりの距離の近さに、先輩の衣服が擦れるササッという音が、肌に直接触れられたかのような錯覚を起こさせる。「試してみるかい? 別の自分になるのは、悪い気分じゃない」
先輩の低い吐息が、私たちの剥き出しの鎖骨をかすめ、熱い波となって広がった。
ドレスの背中にある、無数の小さな編み上げの紐。
それがまるで、私たちの内面にある「新卒」という窮屈な縛りそのものであるかのように思えた。
先輩の指が、その紐を一つ、また一つと解いていく仕草を見せる。
実際にはドレスに触れているだけなのに、私たちの身体の芯が、まるで自らの衣服を剥ぎ取られていくかのように熱く疼き始めた。緊張感は極限まで高まり、料理の残香やワインの甘い匂いが、先輩の体温と混ざり合って脳を痺れさせていく。
先輩の視線が、私たちの唇から、首筋、そして仕立てたばかりのスーツの胸元へとゆっくりと落ちていく。
言葉にできない空気の揺らぎが、部屋を満たしていた。変容の瞬間
ドレスのレースが、月光を吸って激しくきらめく。
それは、私たちが隠し持っている、従順さの裏側にある狂おしいほどの自己顕示欲とシンクロしていた。
先輩の大きな手が、今度は私たちの肩へと伸びてくる。
その掌から伝わる強烈な熱に、私たちは眩暈を覚えた。もう、ただの先輩と後輩ではいられなかった。
この手を拒絶するべきだという理性が、内面から急速に融解していく。
先輩の瞳に映る私たちは、オフィスにいる真面目な新人ではなく、快楽と未知の経験に飢えた一人の女の集団だった。「…先輩」
かすれた声でその名を呼んだ瞬間、私たちは一歩、前へと踏み出していた。
先輩の胸に、自らの身体を預けるように。
コスプレの衣装が床に崩れ落ちるような、激しい自己の解放が、すぐ目の前まで迫っていた。
お互いの存在に強烈に惹きつけられ、築き上げてきた理性の壁が崩壊し、一線を越えてしまう。
その決定的な瞬間の熱が、暗がりの部屋を支配していた。
